CDトピックス

★ボリビア新着CDのページのデータとレビューを書きながら“トピックス”を思いつき、2001年から2004年まで執筆していたのですが、現在このコーナーはお休みしています。でも、音楽の楽しみの一助となればと思い、読み物風のものだけまとめて少しだけ加除修正し、残すことにしました。 (2014.10 小林隆雄






マヤス
 
■『カルカスの幻のアルバム』?

 新着盤の紹介欄にも書きましたが、とにかく驚きました。2〜3度繰り返して聴いていると、既視感ならぬ既“聴”感にとらわれてしまいそうです。つまり、これはカルカスのアルバムに入っていたはずだ……と。間違いなくマヤスのオリジナルの曲なのですが、サウンドに幻惑されてしまうのです。『カルカスの幻のアルバム』と書いたのは、そういうわけだからです。
 ゴンサロ・エルモーサをリーダーとしたカルカス(1974年、兄たちから引き継いだ現在のカルカス)のインパクトは極めて大きく、多くの若手演奏家がそのスタイルの影響を受けました。日本においてもトップボーカル、エルメールの格好よさは強烈で、1984年、85年の来日公演でフォルクローレ・ファン以外にも多くの聴衆を惹き付け、その後のファン層の拡大にも繋がりました。
 プロジェクシオン・カルカスは若き日のフェルナンド・トリーコやエドゥイン・カステジャーノスがいて、サウンドがそっくりなのは当然ですが、ユーリ・オルトゥーニョ(プロジェクシオン〜ドゥオ・センティミエント)の力強い歌声などはやはりエルメールを彷彿とさせます。クリスマスソングのチュントゥンキをロマンティック歌謡として広めたのも、ロンロコや大太鼓ワンカラを用いる奏法を定着させたのも、カルカスの功績だと思います。
 しかし、カルカスの影響を独自のサウンドに昇華させて成功したグループもあれば、コピー・グループも数多くいて、それらはその後様々な道筋をたどっていきました。コピーの多さは反動として“飽き”さえ生み出しました。やがて大きな柱の一つであったウリセスの夭折によって、カルカス自身も一つの転機を迎えたことは、ファンの皆様なら既にご存知のとおりです。
 そんな中で手にしたマヤスのアルバム、カルカスへの猛烈とも思えるほどの尊敬・愛情を感じさせるこの若者たちは、生まれたときからカルカスを聴きながら育ってきたのでしょうか。このような音楽は、ビートルズ、エルビス・プレスリー、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト等々のそっくりさんが世界中にいるので、少しも珍しい現象ではありませんが、一般論として、プロとして活動するには物まね、キワモノと紙一重のところにありそうです。
 しかし、かつてタモリさんが寺山修司さんの物まねをしていた頃、寺山さん自身が「タモリは思想を模倣する」と評したことを、マヤスのオリジナル曲の演奏を聴きながら思い出します。物まねのまねをしながら人気者になる「日本のお笑い界」の状況など、面白くもありません。どうせやるならここまで惚れ込んで欲しい。これはあらゆる芸能・芸術・文化、プロアマ問わず言えることではないでしょうか。
 とにかく、あっぱれ! でした。 (2004.12 takao)

 




エステル・
マリソル





タリカント
■国境のない……

 タリーハの音楽がアルゼンチン音楽と急接近しています……と書くのも、実は慎重にならざるを得ないのですが、とりあえずそう書きたいと思います。今回新着盤として紹介したエステル・マリソルやタリカント、既紹介のヤロ・クエジャル、フアン・エンリケ・フラードなどのチャカレーラを聴けば聴くほど、チャコ・サルタと、そしてその源流であるサンティアーゴ・デル・エステロとの接近を感じるからです。
 かつてタリーハのチャカレーラは、ロス・カナリオス・デ・チャコでたくさん味わうことができました。そしてそれは、やはり「タリーハのもの」でした。2番目(?)のお兄さんが踊るサパテオも間奏部分に入っていて、チャカレーラの本場サンティアーゴのそれとは微妙に異なっていました。
 しかし近年、ビデオで踊りを見る機会が増えてくると、なんとアルゼンチン・スタイルのチャカレーラが全盛となっているではありませんか。しかも1980年代以降に増えてきたチャカレーラ・ドブレ……各節4小節ずつ増えるので、間奏と繰り返しが多いこのリズムを歌曲として充実させたと推測しています……が、タリーハでもかなり演奏され踊られているらしいのです。チャカレーラ・ドブレの増加はほとんどサンティアーゴ発による、と自信を持っていますから、「いや、もともとタリーハにあった」とタリーハの方から反論されても論争するつもりです。
 現在アルゼンチンではチャコ・サルタの音楽が人気で、最近ますます知名度を上げているチャケーニョ・パラベシーノもフアン・エンリケ・フラードと共演したりと、かなり密接な交流があるようです。考えてみれば、サンティアーゴ・デル・エステロ〜チャコ・サルタ〜チャコ・タリーハはアンデス山脈の下の平地続きで、気候・風土・産業・文化が似ているのは不思議ではありません。しかも交通さえ便利になれば、世代交代をしながら同じような人心を作り上げていくのも当然ではないでしょうか。
 でもこういう動きは過去にも何度もありました。それはアルゼンチン・ボリビア双方からの接近でしたし、前回書いたサンタクルス音楽なども、ほとんど国境は関係ありませんでした。アルゼンチンには、グローバルな音楽を歌い続けたロス・トゥク・トゥクほか多くの音楽家、さらに現在では、カルカス等のナンバーを多く取り上げて人気のロス・テキスなどもいます。ボリビアには、ロス・キジャ・ウアシやトゥク・トゥクのレパートリーを歌うエル・トリオ、エステル・マリソルの伴侶ウィルソン・モリーナ(ルス・デル・アンデの歌手)率いるシン・フロンテーラ、もう少し年長者のカント・シン・フロンテーラなど多くの音楽家たちが活躍しています。
 「シン・フロンテーラ=国境のない」の言葉の示すとおりです。「これはボリビア音楽」「あれはアルゼンチンのものだから」などというのは、区分の方法以上にはほとんど意味を持ちません。今私は、ボリビア音楽における“シン・フロンテーラ”に、とても深い共感を覚えています。
 (2004.12 takao)

 




アンセストロ
〜デル・アルマ
■魔法がとけてしまったら

 アンセストロについては私は1992年盤を1枚聴いただけですが、残念ながら、そして申し訳ないことにほとんど印象がありませんでした。あの頃はカルカスの影響を受けた(あるいは真似た)グループが続々登場し、楽器もロンロコやワンカラを加え、上手いけれどもひどく似通ったオリジナルのチュントゥンキを次々と……いささか食傷気味で、このグループもおそらくそんな気分で半分聞き流してしまったように思います。
 10年以上を経て、当時のものと現在の演奏をカップリングした盤に出会いました。1曲目と17曲目の同じ曲を聴いて思わず小躍りしてしまったのです。曲が素晴らしいとか上手いとかいう理由ではなく (いや、10年前より格段に上手いと思っているのですが)、その曲の生まれ変わり方に、です。生まれ変わり方とは、単に旧テイクのビエントス、チャランゴ、ロンロコやワンカラがほとんど消えて、ピアノやチェロやベースやドラムが入っている、というような楽器編成・アレンジの問題だけでもないのです。
 つまり、民族楽器を取り除いたチュントゥンキの魅力を、今私は楽しく味わい、再認識させていただいたからです。件の1曲目のタイトルは「私を憎んで」です。実に演歌チックなテーマではありませんか。そして17曲目ではそれが見事にロマンチック歌謡に仕上がっているのでした。ラテンアメリカ的なカラリとした情感で……。それはひどく懐かしい雰囲気に満ちていました。私たちの世代が忘れていたものを思い出されるような何かです。これまで馴染んできたムシカ・クリオージャとも一味違うように思えました。そして、この新旧聴き比べは、ファンの方々あるいは世間の人々が「フォルクローレ」としてとらえている音楽の姿を、もう一度見直してもらえるきっかけにもなる……かも? と考えたのです。
 私も大好きなアンデスの楽器は、本当に魅力に溢れています。「魔法がかかっている」とさえ言えるでしょう。しかしその魔法にとらわれて、アンデスの楽器が用いられていればアンデスの音楽だとかなりの人々に思い込まれて、楽器の向こうに見えてくるはずの音楽たちが見落とされていないだろうかと、私はず〜っと心配してきました。この曲から、あの曲から、チャランゴとケーナを抜いて演奏したら、ほとんどフォルクローレと思ってもらえないんじゃないかと……。
 敢えて苦言を呈しますが、音楽を聴くファンと演奏するファンがほとんど同じで (これは他の音楽ジャンルにはほとんど見られない珍しい現象です)、アンデス楽器による器楽演奏に大きな比重がかかっている日本のフォルクローレ界というのは、かなりバランスがかたよっており、これは「“日本的”フォルクローレ」と言い直した方がいいんじゃないかと考えています。
 商業音楽の区分で言えば、フォルクローレは非常に広い範囲に及んでいますし、「アンデス音楽」「ボリビア音楽」でさえも、一言では片付けられない多彩で豊穣な音楽相を見せてくれます。好きかそうでないかは別にして、そういう状況を概略でいいから理解いただいた上で、多くの人に楽しんでもらえたら……、それが私の願いなのです。“アンセストロ〜デル・アルマ”の新旧テイクを味わいながらあらためてそんな思いを強くしました。
 この盤はだれにでもお勧めするものではないのですが、もし私と同じようなことを感じたことがある方がいらっしゃいましたら、そっと試してみてください。 (2004.12 takao)

 




ラウル・ショウ・
モレーノ
さらに遠くへ、さらに過去へ

 トリオ・ロス・パンチョスが好きになったのは1960年代初め、ビートルズにとりつかれる直前の中学1年生のときでした。レキントギター・リーダーのアルフレード・ヒル、髭のチューチョ・ナバロ、そして素敵な歌声のジョニィ・アルビーノが、それ以後の私の記憶の中では不動のメンバーとなったのです。その後クラシック、タンゴ、カンツォーネ、フォークソングやフォークロック、民謡や純邦楽等々の遍歴を重ねて20代の半ばにフォルクローレにたどり着きました。ラウル・ショウ・モレーノの存在を知ったのはそれからです。
 ラウルは2代目のトップ・ボーカルでジョニィは4代目だそうですから、知らなかったのも当然ですが、その後に入手したレコード類でも、ラウルの歌声にお目にかかることはできませんでした。パンチョスとの出会いから40数年経ってようやく、こんな素晴らしいアルバムに出会うことができました。ポルカ、クエカ、タキラリ、モレナーダ、カルナバル、バイレシート……ボリビアのフォルクローレの名曲・佳曲が23曲もずらりと並んでいるのです! かなりの興奮を覚えました。これはぜひ聴いていただきたい。でも歌と楽団演奏という好みもありますから、ここはひとつ若いファンの方々のお父さん世代に紹介したいものです。
    *    *    *
 ところで、1958年の録音らしいのですがトリオ・ロス・パンチョスのレコードを眺めていたところ、解説の永田文夫さんが面白い記述をされているのを発見しました。3代目のトップ・ボーカル、フリオ・ロドリゲスから代わったジョニィの名前がなく、「新メンバーであろう……」と記されていますが、変更があったばかりですから情報がないのは分かります。でも、「モレノという人の入っているものと……」というくだりでは、思わずニヤニヤしてしまいました、永田さんのような先達でも分からないことがあったのだと……。
 でもそれは、私が間違っているのです。必ずしも年長の人の方が若い人より古いことを知っているわけではありません。明治時代の人は江戸時代のことをそんなに知らなかったでしょう。あの偉大なバッハでさえ、現在でこそ緻密な研究がなされていますが、1750年に没した後は100年間も忘れられてしまったのですから。情報は進歩すればするほど遠くへ、そして過去へと遡っていきます。
 私たちがフォルクローレを愛好し始めた1970年代の半ば、ケーナやサンポーニャ、チャランゴが奏でるフォルクローレを「伝統的」なスタイルであると信じていました。ピアノやバイオリンが入っていると、「これはモダンだ……」などと勝手で稚拙な解釈をしていました。でも先人たちの研究も進み情報も徐々に豊かになるにつれて、私の不勉強も少しずつ改善され、上記のような解釈はほとんど逆であったのかと (厳密にはもっと複雑なのですが……)気付かされました。そのようなことを繰り返しながら、かなり遠くへ、そして過去へと触手を伸ばすことができるようになりました。現在の若者たちには、これからさらに遠くへ、そしてさらに過去へと遡れる可能性があるのです。とてもうらやましいことです。
 アルゼンチンでは、レダ・バジャダーレスが若手音楽家たちをリードして山唄や小謡の発掘・編纂・記録・保存を永年続けてきました。先日は、メキシコで活躍するバイオリニストの黒沼ユリ子さんがラジオの電話インタビューで、「こちらの教会にはルネッサンスやバロックの楽譜が残っていて、これまでは教会の中でしか知ることができなかったメキシコのクラシック音楽が、これからはCD化されて多くの人に聴いていただける」というようなことを話されていました。これからますます、いろいろな方面でこのような活動が深められていくことでしょう。奇しくも今回、杉山貴志さんのフィールドワークである伝統音楽の再現・記録も紹介しました。アウトクトナと呼ばれる音楽がレコード化されたり舞台で演じられるようになったのは、ごく近年になってからですから、またひとつ過去への触手が伸ばせると喜び、心して味わいたいと思います。
 様々な情報に真摯に向き合うことで、うっかりすると通俗的解釈に陥ってしまうことを避けることができます。1世紀前の巨匠の音楽を現代に再現するムシカ・デ・マエストロスや、それに続く様々な表現活動も、ラテンアメリカ各地の古い音楽の発掘保存、そこから得たインスピレーションによる新たな創造も、見た目の軌跡こそ違え目指しているものはみな同じように思えます。それは、多くの人により豊かな音楽を体験していただき、その広がりと奥行きを感じていただくための活動でしょう。私はそこから時の流れと進歩を教わり、感動を覚えるのです。 (2004.12 takao)
 
■ケーナやサンポーニャが聞こえないフォルクローレ







ギセラ・
サンタクルス










グラディス・
モレーノ





東部の音楽のオムニバス盤

「サンタクルス音楽」って……なんだろう?

 ボリビア東部=サンタクルス地方の音楽と言えば、タキラリ、カルナバル、ポルカ等のリズムを思い浮かべます。これらのリズムは多くのフォルクローレ・グループのCDで聞くことができます。しかし、私が「これぞサンタクルスらしい音」と思うものをフォルクローレ・ファンに聞かせると、ケーナもサンポーニャも聞こえない演奏にだいたいの人が違和感を覚えるようです。極端な反応の場合は、フォルクローレだと思われないことさえあります。
 もちろん「これぞサンタクルスらしい音」と言うのは、単にケーナもサンポーニャも聞こえない音を指しているわけではありません。それではどんな音なのかと問われると、一言で説明するのはとても難しいことです。しかもサンタクルス音楽の音源はCDでは少なく、かつてのレコード時代でもそれほど多く存在していなかったようです。それどころか、「サンタクルス音楽」という分類そのものがもともとはなかった、と考えるべきなのかも知れません。……ちょっと話がややこしくなってしまいましたね。

商業音楽の隆盛はラジオ・レコードとともに

 いわゆる"ラテン音楽"が隆盛したのは1930〜60年代で、当時フォルクローレは商業音楽としてはまだ知られていませんでした。もともと"フォルクローレ"という呼称と分類が使われだしたのは、だいたい1950年前後からで、それもアルゼンチンのアンドレス・チャサレータ、アコスタ・ビジャファニェ、マルタ・デ・ロス・リオス等の楽団演奏が代表的なものでした。やがてアタウアルパ・ユパンキやエドゥアルド・ファルー、ロス・チャルチャレーロス等の登場により、フォルクローレは徐々に、日本も含め世界のタンゴ・ラテン音楽ファンに愛好されるようになってきました。
 これらの流れは、ラジオやレコードの普及を背景にしていたことは言うまでもありません。ラテン音楽の隆盛もこの背景を抜きには語れないし、20世紀初頭に花開いたタンゴも、1920年のラジオ放送開始、30年代以降の放送とレコード文化の急速な発達に支えられていたと考えます。ボリビアの音楽も1950年代から次第に顔を覗かせてきました。トリオ・ロス・パンチョスのメンバー、ラウル・ショウ・モレーノや「スク・スク」の作者タラテーニョ・ロハスの名は世界的に知られ、ボリビアの音楽家たちも次第に商業音楽先進国アルゼンチンやペルー、さらにヨーロッパや北米で活躍するようになってきます。ぜいたく品(?)のSPから性能向上・量産型のLPへの移行も進んできました。それでもまだ、レコードは現在のように潤沢に出回っていたわけではありません。ボリビア音源に至ってはなおさらであったようです。

サンタクルス、渓谷地方、古都の趣
  ……それらが一体でボリビアの音楽を……

 少ない音源の中から探るこの頃のボリビア音楽の雰囲気とは、一つが上記の「サンタクルスらしい音」なのでした。ダンス音楽の全盛期、バンドやギター、アコーデオンの伴奏で、歌手が歌ったりコーラスしたり……、ダンス・ホールの様子が思い浮かぶこのイメージは、ボリビアや中南米諸国のクリオージャ音楽よりもっとグローバルなもの……言わば、"ラテン音楽"の味でした。
 当時はアルゼンチンの演奏家たちが、亜熱帯の香りが漂う魅力的なタキラリやカルナバル、ポルカ・クルセーニャ(リトラール地方のポルカに対してサンタクルスのポルカと呼びます)を好んで数多く取り上げ、録音しました。アルゼンチン作のタキラリもヒットしましたし、ボリビア出身のグループがアルゼンチンでレコーディングすることもありました。1960年代のボリビアのレコードは希少で、プレスはブラジルで行い、ジャケットにサンタクルスのレコード店のゴム印を押した盤もあって、往時のボリビアのレコード事情を窺わせて面白いです。そしてそれらのレコードには渓谷地方や南部や山岳地方の古都のクリオージャ音楽も混じっていて、ほとんど区別されていなかったように見えます。おそらくそういうものが一体となって往時のボリビア音楽を形成していたのでしょう。

ネオ・フォルクローレの黎明
  ……ケーナやサンポーニャでタキラリが奏でられる時代

 ヨーロッパでは既に戦前からタンゴやラテン音楽が広く愛好され、戦後の1950年代〜60年代には多数のラテン音楽の楽団に混じって、アンデス系音楽グループがいくつも活動していました。そして1970年の『コンドルは飛んでいく』の大ヒット以来、アンデス民族楽器によるフォルクローレは一躍世界的に注目されるようになりました。
 これと前後して、フランスで活動していたロス・ハイラスのチャランゴ奏者エルネスト・カブールは、ボリビア音楽とチャランゴ奏法のさらなる探求のためボリビアに帰国、アンデスの地方の音楽……都会音楽より相対的に低く評価されていた……の掘り起こしと創造、民族楽器演奏の普遍化等に尽力しました。これが現在の"ボリビア・ネオ・フォルクローレ"の黎明の、大きな原動力の一つであったことは疑いないでしょう。そしてこの活動は、世界的なレコード文化の大量化・大衆化を背景に、ボリビア音楽産業と市場の形成、さらには南米諸国のフォルクローレ音楽家や世界各地のファンたちにも、極めて大きな影響を与えたと考えます。ボリビア・ネオ・フォルクローレの開花によって、アウトクトナ=土着性の強い音楽もまた、上演音楽として急速に成長してきたと言えるでしょう。
 日本におけるフォルクローレの愛好熱はこの頃に、ケーナ中心のブームとして始まりましたから、ケーナやサンポーニャ、チャランゴ等の民族楽器の音楽こそがフォルクローレである、と信じている人も多数います。タキラリやカルナバルがケーナ・サンポーニャで演奏されるのは、現在では全く当たり前のことです。
 しかし、様々な音が自由に手に入り楽しめる今の時代に、あのサンタクルスの味わいを知らないままでタキラリやカルナバルを演奏する……日本のファンは"民族楽器演奏ファン"でもありますから……のは、少々残念で、若干悔しくて、かなりもったいない気がしてなりません。

サンタクルス音楽の魅力を現代に蘇らせる歌姫

 そんなところへ、サンタクルス音楽の魅力を現代に蘇らせる素晴らしい歌手のCDが届きました。ギセラ・サンタクルスがその人です。1996年に18歳でメジャー・デビューした魅力的な歌姫は、アルゼンチンでも人気を博し、一昨年には来日しています(見逃してしまい残念でした!)。2001年盤ではサンポーニャ(菅沼由隆・山下洋平)やチャランゴのサウンドも聞こえます。アルバム・タイトルの『青いロマンス』は、在日グループ「ロス・トレス・アミーゴス」のアルバム・タイトルでもあり、ルイス・カルロス・セベリッチとルイス・サルトールによる日本で生まれたタキラリです。なにしろプロデューサーのホルヘ・スアレスとルイス・カルロスは一世風靡の元ライカスの仲間。とにかく日本に縁が深そうなギセラ、広くお勧めしたいアルバムです。内容の詳細は新着CDのページで紹介しています。
 サンタクルス音楽としては、これまで大歌手グラディス・モレーノやトリオ・オリエンタルを紹介してきました。CD時代になってから入荷していませんが、ロス・ヘニオスやトリオ・スカラなどの素敵なアンサンブル、活躍中の歌手エヴェリン・エスコバル等も、いずれ紹介できるようになったら嬉しいと思っています。
 「取り扱いCD」コーナーでは、グラディス・モレーノ(在庫僅少)とトリオ・オリエンタルの他に、東部の音楽のオムニバス盤も紹介しています。タイタス、パンチートス等貴重な音源も収録されていますので、熱心なファンには一聴お勧めです。 (2003.8 takao)


日本におけるフォルクローレ愛好事情の変遷に興味がある方は、こちらのページに
関連の記述がありますので、ご一読ください。 >>



ボリビア・
ヒット曲集





クジャグアダと
トバ集 1





ダンス音楽集

●とかくオムニバス盤は「初心者用」とか「入門者用」と思われがちで、ベテランのファンでさえそのように考える人が少なくないようです。今回は、そんな「オムニバス盤」たちの名誉のために、トピックスとして取り上げてみました。
 「オムニバス」の語源は「乗合馬車・乗合自動車」のことのようで、一括、総括という意味もあり、同じ種類や趣きのいくつかの作品を一つにまとめた映画・出版物などが、こう呼ばれています。音楽では最近は、「コンピレーション(編集・編纂されたもの)」と呼ばれるものが多くなりましたが、ニュアンスは微妙に違っていても、基本的には同じようなものと思ってよいでしょう。
 筆者はボリビア音楽はもとよりアルゼンチン音楽の熱心な愛好者ですが、28年の間に200点を超えるオムニバス盤を入手しました。全体から見れば5パーセント程度の比率ですが、実はこれが「宝庫」なのです。そのオムニバス盤にしか入っていない1曲、その盤でしか聞けなかったアーチスト、おそらく10インチレコードやシングル盤から復刻・編集されたのであろうテイク、などなど……。
 このように書くと、筆者のことを「マニアックなコレクターだろう」と思われるかも知れませんが、そうではなく、ただ「聴きたい」という音楽愛好の欲求を正直に実行してきただけなのです。おかげで、数々の感激の対面を経験できました。手にしたときはさほど興味がわかなかった盤も、数年、ときには十数年の後に、「自分はこんな素敵なものを持っていたのか!」と再発見して驚くことがあります。
 オムニバス盤はそれぞれ独特の顔を持っていて、その時々の音楽事情の顕著な傾向や、特定の地域の特色、ある種のリズムの流行、さらには歴史的に貴重な録音などがあり、ごひいきのグループやジャンル以外の音楽相を知ることができます。もちろん、多くのファンの皆様に、「オムニバス盤を片っ端からお聴きなさい」などと乱暴なお勧めをするつもりはありません。ただ、気が向いたときにオムニバス盤をちょっと1枚聴いてみる、そんな「寄り道」のような行動が、意外な出会いを招くこともあるということを、記憶の片隅にとどめておいていただきたいと思っているだけなのです。
●紹介する新着のオムニバス盤は、最近のヒット集ですが、「取り扱いCD」のコーナーで紹介している各種の盤には、いろいろ面白いものがあります。
 たとえば、「クジャグアダとトバ集」では、普段なら特に意識せずに聴いてしまうクジャグアダのリズム---もともとこのリズムは、それほど収録されていないのです---が、7曲も連続演奏されます。クジャグアダの踊りを見たことのある方なら、思わず8小節目に「ク・ジャ・ワ!」と合いの手を入れてしまうかも知れません(筆者がそうです)。その後の5曲のトバでは「ウ・ハ・ウハハ」と叫んでしまいます。ちょっと愛嬌のある演奏も含まれていますが、珍しい「グルーポ・オアシス」「エマ・チパニ」「グルーポ・アイウィラヤ」などという人たちが、アレハンドロ・カマラやアマルと一緒に編集されていて、かなり興味深いものです。
 また、「ダンス集」では「インテグラシオン2000」「ロス・ティグレス(タイガース)」「スプリング」「ビタミーナ・ブラス楽団」「ニエブラ・プルプーラ」など、めったにお目にかかれない人たちのモレナーダ、ウァイニョ、ティンク、カポラーレスなどが聴けます。逸品は、アルバムの中ほどに収められた「ロス・ブリジャンテス」「ロス・ケブラデーニョス」のクエカです。どちらもクリオージャ音楽の大御所、往年の人気グループ(もし現役でご活躍なら、失礼な記述をお許しください)で、邂逅に感激すると同時に、編集の唐突さに思わず笑ってしまいます。アルゼンチンのオムニバス盤では、まずない編集なので……
 「取り扱いCD」のコーナーではたくさんのオムニバス盤を紹介しています。できる限り演奏者も記入するようにしていますので、機会があったら丹念に探してみてください、未知のジャンル、未知のアーチストとの出会いが待っているかも知れません。 (2002.3 takao)





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